【FDの考え】

日常の、些細な事柄から心の琴線にひっかかったコトについて書き綴ってみようと思います。

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ひっそりと転載機能を考えてみます・・・その8

Yahoo! ブログの転載機能著作権法を中心とした法律の観点から考えたこのシリーズ、前回の時点でサービス提供者である Yahoo! に対して物申す!という話になりました。


その話は、他の方々と歩調をあわせながら進むとして・・・



誰かが転載可とし、誰かがボタンを押すから発生する転載記事・・・今回の件に限らず、今までに見させて頂いた騒動から感じたことを記事にし、一旦シリーズのシメとさせて頂こうと思います。



このシリーズの冒頭・・・僕は著作権を特別視しない、という表現を使いました。著作権はあくまで数ある中の一つの権利であり、他にも色々な権利が存在する、だから、いくらブログという表現する媒体だからといってその象徴である著作権だけを特別視し、絶対視したくないという考えです。




「権利をしっかりと主張したいのなら、それに値するだけの責任を果たせ」





最近は、「権利権利と主張ばかりして、義務を果たしていない者が多すぎる」などと、評論家が発しているのを耳にします。



僕は、無から有を生み出す才能・・・文章にて創作をする才能はありません。ただ、ある事象を文章にまとめる仕事をしています。そういった意味ではすごく広い意味で「物書き」のはしくれかもしれません。そんな僕が自分が生み出す文章に対して一番大事にしているのは・・・著作権という他人に対して主張する権利ではなく・・・文責という自分が他人に対して与える責任です。



文責という言葉・・・辞書を紐解いてみると、実は違った意味があるようです。


Yahoo! 辞書「文責」


なるほど・・・例えば会議などの議事録・・・複数の人間が話したことを書記係の人がメモ、そして文章に起こす。その際、会議で話された内容をちゃんと表現しているかという意味で責任を負うという意味・・・といったところでしょうか。



僕はこの文責を、もっと普通に一般常識的に・・・「書いたことに対する自分の責任」としてとらえたいなと思います。



なにも難しいことはありません。「自分で書いたこと(コメントも含む)に自分が縛られることへの覚悟」・・・ただそれだけです。




「禁煙するぞ!」という記事を書きます。読者は「あぁ、FDは禁煙するんだ」と認識します。そして数ヵ月後「あれ?FDってさ、禁煙するって言ってなかった?」という質問が出ます。「おう!できてるよ!」「いや、無理だった・・・。」
→これだって、立派な文責です(笑)ただ、自分で禁煙すると宣言しておきながら守れなかったということ。

「僕は・・・○○というブログの△△さんが好きじゃぁ~!」という記事を書きます。結果、フラれます。周囲から「お前はバカか!」というツッコミが入ります。
→これだって、立派な文責です(笑)恋愛は・・・相手あってのものですし・・・。

逆に、ブログが縁の仲だって・・・ありえるかもしれません。こればっかりは、なんともいえません。(僕はチャットが縁で結婚した方を知ってます)
→これだって、立派な文責です。責任は、悪いことばかりではありません。頑張ったことが実を結ぶこともあります(笑)(ありえないってというツッコミはどうぞご勘弁を)

「○○さんの△△の記事に対して、僕は××だと思う」という記事を書きます。そしてそれに対して賛同意見だけでなく批判・反論意見だってでます。
→これだって、立派な文責です。津波のような批判を巻き起こす書き方をしたのは、あくまで自分です。

「法律解釈」という記事を書きます。その解釈が明らかに誤っていました。そして、指摘を受けます。また「FD!あんた!なんてこと書いたんだ!あなたを信じてあなたの書いたことを友達に言ったらバカにされた!」ということもあるかもしれませんし「FDの記事のおかげで助かったよぉ」となるかもしれません。
→これだって、立派な文責です。むしろ弁護士をはじめとした士業は、これを生活の糧にしている訳です。失敗した場合の責任は大きいっす。

「怒りにまかせた記事」を書きます。(過去に経験アリ)相手に対して失礼なことを言ってしまうこともあります。そして、月日が流れて冷静に自分でその記事を読み返した時、恥ずかしさを感じることもあります。
→これだって、立派な文責です。相手を傷つけることもあるし、そんな行動をとってしまった自分に腹が立つこともあるでしょう。

「FDってヤツは、○○(差別用語)で△△(差別用語)で××(差別用語)なヤツなんだよ!」という記事を書きます。その結果、名誉毀損で訴えられたりするかも・・・。
→これだって、立派な文責です。・・・まぁ、当たり前ですか。




・・・頭の中の、誰にも影響を与えない自由世界から実世界に表現が飛び出た以上・・・なにかしらの影響を周囲に与える訳です。良い結果を享受もできるし、悪い結果に立ち向かう必要もあります。「文責」と聞くと非常に重く大きなモノを連想するかもしれませんが、実世界と同じなんです。



さてさて・・・ここに転載機能をからめます。




著作権侵害だとか、そういった難しい事柄を抜きに・・・転載機能文責が拡がる機能です。そして、転載した人も全てではないにせよ、文責を負う機能です。前述したように、良い結果を享受できるかもしれませんし、悪い結果に立ち向かう必要がある訳です。





「いやいやいやいや・・・FD、僕が拡げる転載記事は人畜無害だから大丈夫」
「いやいやいやいや・・・FD、僕が転載した記事は人畜無害だから大丈夫」





なにをもって大丈夫なのか・・・その根拠はどこにあるのか・・・僕にはわかりません。



ポチッとな♪という安易な感覚で自分の手元に持ってきた転載記事・・・その転載記事にどんな要素が含まれているのか・・・「記事の目利き」ができればよいのですが・・・もし、自分にそんな能力がなかったら・・・。自分の言葉で綴った記事は、まだ自分で責任を負えると思うのですが・・・人からもらってきた記事に、それほど責任が負えるのかという問題もあります。安易に手元に持ってきた記事は、やはり安易な責任感しか生まないような気がするのです・・・。





自分しか見えない形での転載しかできない仕様などであれば、それほど気にならないこの転載機能ですが・・・転載機能の存在を知り、深く考えれば考えるほど・・・そして、様々なトラブルを目にすればするほど・・・。




あぁ・・・自分にはきっと(責任は)負えない・・・(涙)




・・・と思うと同時に・・・厳しい言い方ですが・・・




転載を可にした時点で、起こりうる全ての事象に対して・・・受け入れ立ち向かう覚悟がいる・・・。そして、そんな機能って一体・・・。



誤解のないように・・・僕は転載機能そのもののアイデアを否定はしていません。ただ、現状の仕様から鑑みて・・・更にはこれは自分自身の実感ですが・・・記事をしっかりと書くこと・読むことの楽しみを凌駕するほどの感覚がないのです。それよりも先に責任を連想してしまうのです。



すごく難しいことばかりの記事を書けなどとは言ってません。おもしろい話や日常のとりとめのない話でも・・・趣味の話でも・・・自分が撮った写真でも・・・まずは自分から・・・そして、ブログの記事だって実世界と同様に、楽しみと同時に責任もあるんだよと・・・その認識は持っておく必要があるのかなと思います。



あぁ・・・かなりムサくるしい論調になってしまいました(涙)こうして記事として挙げた以上、これもまた僕の文責・・・「FD!なんという記事の書き方しているんだ!文責文責と偉そうにのたまってたくせに!」と言われることのないよう、文章表現力に磨きをかけたいと思います。



とりあえず、この記事にてシリーズの区切りとしたいなと思います。「閑話休題」の記事にて、色々とトラックバックを頂いており、読ませて頂いた中に「転載機能を生かすとしたら、こういった使い方だろうな・・・」と思う部分も感じましたので、また別の機会に記事にしたいなと思います。



とりあえず・・・著作権法の勉強を継続しつつ・・・地下に潜ります(笑)



実世界においては「特定商取引に関する法律」の勉強っす・・・(涙)
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コメント

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  • 2006/12/15(金) 02:33:42 |
  • |
  • #
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転載は何にいい?

FDさん、こんばんは。
>僕は転載機能そのもののアイデアを否定はしていません。
モノカキとして転載考えると、、、実は、リンクじゃなくて転載じゃないとダメ!、かつ公開書庫への転載、というモノがどうしても思い浮かばず、困っておりますi-183
でも、絵、なら、ありですかねぃ? 「この時期この絵をTOPの飾りにしてください」って小さく「著作権表示」だけ入ったきれいな写真やイラストを転載可能で出して貰えたら、自ブログTOPに飾る用に、嬉しい人はいるかも、、って、、、(《FC2》の)『共有テンプレ』の発想ですね、これはwww うーむ。ブログの移住は簡単でも、発想の移住は難しいデス。 ……鍵コメもしてます、よろしく。

  • 2006/12/15(金) 02:40:38 |
  • URL |
  • 阿檀 #z8Ev11P6
  • [ 編集 ]

あ~ミミがイタい・・・

FDさんのように、慎重に吟味して文章を書くかたのこういった文章を読むと、私は・・・orz
実をいうと、私の天災連載の途中から、私個人の考察がどんどんヘンな方向に解釈されて歪んだ応用をされている(ときに悪用かと思うことすらある)ことがわかって、書くことが怖くなりました。それでも、書きましたけどね。そこまでの責任は私には無いとふっきらなければ、連載を中止するしかなかったので。
実は、同一性保持権侵害悶着で私が放った言葉も・・・完全に悪いほうに働いたと、今は思っています。だがどうしようもない。自分の場で自分の意思を発言するぶんには、仕方がないと。そう思うしかなかったです。

私は、転載の効用そのものは否定はしませんが、自分の文章の妥当性・影響力を客観的に測れない素人に持たせる機能ではないと考えます。そしてブロガーはみな素人です(プロの執筆者でも、複数の目でチェックが入っていない文章に全責任を負えと言われたら、怖いでしょうね)。転載機能は危険だから撤去。この考えは、変わりません。
・・・私の記事が、「どうあっても転載機能を使い続けようとする人」に、誤った智恵を付けさせるだけの結果になったのなら・・・私なりに、責任を取らなければならないと感じています。

  • 2006/12/16(土) 13:45:09 |
  • URL |
  • わたりとり #LkZag.iM
  • [ 編集 ]

あ、言い忘れました

連載(ひとまず?)お疲れ様でした。とても勉強になりました。ありがとうございました^^

  • 2006/12/16(土) 13:46:18 |
  • URL |
  • わたりとり #LkZag.iM
  • [ 編集 ]

阿檀さん、こんばんは!

阿檀さん、こんばんは!


コメント、遅くなってごめんなさい!


昔、ライブハウスで出演してたことがあります。これでも髪が長くてハード・ロッカーだったんです。ギターの先生やるかと誘われていたのですが、ちょうど現在の仕事をやろう!と決めた時期でしたのでやめましたが・・・。


作詞や作曲をしてたのですが・・・(今はどうか知りませんが)僕らの周辺って・・・自分が作ったメロディーだとか、ギターソロが明らかにパクリっぽいと物凄くバカにされてたんですよね(笑)


影響を受けたと感じるレベルならいいのです。「FD、このギターソロ、リッチー・ブラックモアっぽくない?いいじゃん♪」「FD、このバッキング・・・すごくエッジが効いてていいよ。エクストリームっぽいじゃん♪」


・・・ところが、完全パクリだと話は変わります。


「なんだよ、○○ってバンドのFD・・・あれ、リッチー・ブラックモアのソロ・・・完全パクリだぜ!」「おいおいおい、FDの作ったバッキング・・・○○って曲のパクリじゃん!」


どんなにギターの腕がよくても・・・パクリと判定された時点で・・・失墜するのです(笑)だからメンバーから「パクリ」と指摘された時点でメロディーだろうがギターソロだろうが、即却下してました(笑)



そんな僕が転載機能に対して・・・もう、どんな答えを持っているかわかりますよね(笑)


他の人の記事、その記事が持つ文体・雰囲気って・・・絶対に他の記事と不協和音を奏でるのですよねぇ~・・・。


阿檀さんが仰るように絵や写真なら・・・と思ったりもしますが・・・。


今度、転載機能の利点を考えて記事を書いてみようと思いますよ・・・(できるかな?笑)

  • 2006/12/17(日) 00:45:47 |
  • URL |
  • FD #rHC6qD16
  • [ 編集 ]

わたりとりさん、こんばんは!

わたりとりさん こんばんは!

そうなんですよぉ~!!!投稿ボタンを押す時には、時にわたりとりさんが仰る「ふっきれ」って大事っす(笑)だって、縮こまってたら・・・いつまで経っても世に出ることはないのですから・・・。


実際、例えば「FD、あなたのブログ記事、3ヵ月後に出版するから」などと言われた日にゃー、かな~り推敲を重ね・・・ドキドキだと思います(笑)


ブログというツールは、子供から大人までが執筆者となれる可能性を持つ、非常に有効なツールであると思っています。今日生まれ出るブロガーは、明日の大作家かも知れないっす。


だからが故に、自身の作品を守るための著作権と同時に、自身の作品が他者にどのように影響を与えるかという文責も、しっかりと理解して欲しいなと思っています。

  • 2006/12/17(日) 00:54:42 |
  • URL |
  • FD #rHC6qD16
  • [ 編集 ]

スタンスなのかなぁ

そっかぁ・・・
執筆者文化圏 と
発信者文化圏 という
スタンスの違いもあるのでしょうね。
そりゃあ、ブログは確かに絶対に文字や文章がどこかには
介入してくるツールではあるんですけど、
例えばTVメディアなんかだと、(許諾は取ってるでしょうけど)
ガンガンと他人の著作物や映像・音楽等を流して当然の場所なので、
ブログを最小単位の「個人メディア」と捉えている人達と
あくまでも「執筆者」という意識を重視している人達との
感覚の格差はどうしても表れてくるものなのでしょうね。

でも、もし・・・もし・・・Yahooがかたくなに転載機能を
改善(または撤廃)しないまま存続し続ける事態となると
それから初めて「記事の目利き」に手を付けるのではなくて
今現在から「記事の目利き」をどう向上させていくかを
もっと多くの人達が考えてもらえたら・・・と
ここまで書いてて、この考えがネガティブになっている事に
気付いてしまった・・・(汗;
優先順位として一番先の取り組みとして
大家追撃を目指してるんでしたよね。

  • 2006/12/17(日) 05:06:20 |
  • URL |
  • OYAJI #miF8IKPo
  • [ 編集 ]

>OYAJIさん

>優先順位として一番先の取り組みとして
>大家追撃を目指してるんでしたよね。

そうです^^
そして、撃墜できるまでの危機回避措置として、「転載機能不使用!」を呼びかけられたのが、麦さん達だった。と私は思います。この方法が、大家に対して一番効果があり、かつ(こっちのほうが重要)リテラシーが未成熟なかたがたを守る効用があると。
※これはOYAJIさんのスタンスを批判しているわけじゃないですよ。各派の思想を整理しているだけ。目標はひとつだったと言いたいだけです

  • 2006/12/17(日) 08:32:03 |
  • URL |
  • わたりとり #LkZag.iM
  • [ 編集 ]

言葉の区分けなど、問題ない・・・です。

OYAJIさん こんにちは!

執筆者文化圏とか発信者文化圏とか、ジャンル分けしたって一緒っす。


執筆することに意義を見出そうが、発信することに意義を見出そうが・・・


<b>書いたことに責任を感じる!</b>


これなんですよ。


同じ日記でも、独りでひっそりと公開することと、大々的に広めることの違い・・・わかりますか?

これは何もOYAJIさんだけを責めてるものじゃありません。例えば僕だって・・・もし、今までの記事で誤ったコトを書いてたら訂正とお詫びの記事を出さなくてはなりません。


自分の考えを人目にさらす、とはそういうことなのですよ。


だから、正直、転載記事の文責放棄、などありえないのですよ。


そして、そういった大袈裟(自分で言ってて大袈裟と思いますよ)なことって・・・なかなか浸透しないのですよ。そういった意味で、現状の仕様の転載機能と同時並行などという見通しは、甘いということなのです。


大家追撃に関しては心配しないで大丈夫です。既に原稿は作り始めていますから。


それとOYAJIさんと議論することは、別です。


ちなみに今・・・僕、ガックシきてます。もう終わったと思ったことがまだ続いてることにね。

  • 2006/12/17(日) 16:44:46 |
  • URL |
  • FD #rHC6qD16
  • [ 編集 ]

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