このブログでは、その件に関して一切記事にはしていません。できなかった、というのが表現として正しい・・・。
ブログを持っているのに何らの行動をしていないのは?などという言われ方もされました(笑)画面の向こうで、「ブログで全部活動報告しないといかんのかな?」「全てをブログに載せないといかんのかな?」などと思っていました(笑)
しかし、家や会社ではこの話をしていました。
ずっと疑問に思っていたことがあります。それは「大人の責任」です。
いじめという状態を作っているのは、大人達の責任だ。子供のシグナルをわかってやれない親・教師といった大人だ。
・・・という考えです。
確かに・・・いじめが起きる環境に関しての責任はあるでしょうねぇ・・・。
一つ、場合分けをしてみたいです。
愛する子供が自殺してしまった場合・・・
これはまさしく「親として気付いてあげられたら・・・」「教師として気付いてあげられたら・・・」という後悔の念から責任を感じるでしょう・・・。
しかし・・・まだ・・・自殺していない場合・・・
「気付かないのは親としてどうか?」という風潮・・・「気付かないのは教師としてどうか?」という風潮・・・
親に聞いてみました。僕も僕の妹も、程度はどうあれ、イジメに遭ったことがあります。
「ねぇ、俺達が子供の時に・・・イジメに遭ってたの・・・知ってる?どこか・・・異常に気付いたりした?」
回答は・・・「わからなかった」でした。
手前味噌になりますが、別に僕の親はいたって普通です(笑)親として失格などとは思いません(笑)
もちろん、イジメの程度にもよるでしょう・・・死にたくなるようなイジメ・・・顔に傷がつき、明らかに周囲から見てわかるイジメなどとは比較してはいけないかもしれません・・・。が・・・
大抵の大人は・・・気付かないものかと・・・。そして、それを・・・シグナルを読み取れなかったと決め、その読み取れなかった大人の責任にするのはどうかと・・・。
そんなに大人だって万能じゃない・・・完全じゃない・・・。
だから僕は、子供に生き抜くチカラを先に教えたい・・・大人に気付かせるための能力を教えたい・・・
・・・と思ってしまうのでした。
シグナルを気付かないのは、大人のせいだ・・・というどこか人任せな風になるのではなく、自分を表現できるチカラ・・・。「俺の話を聞けぇ~!」と主張できるチカラ・・・。
「子供」・・・という冠が取れたって・・・イジメはある訳ですから・・・。
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