【FDの考え】

日常の、些細な事柄から心の琴線にひっかかったコトについて書き綴ってみようと思います。

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ブロガーとしては、書き手の意識を高めることが順位としては先に来るのかなと再認識したのでした。

言及記事
覗きが趣味!!

正しい意図を読み取れる周辺の人はいないのか?

参考記事
「言葉」を読むということ、「言葉」を発するということ。



皆さん、こんにちは、FDです。お久しぶりです。元気してますか?僕は元気です。


「ぼちぼち記事を書こうと思う」などと公言しておきながら、色々な理由にかこつけて筆が進まない状態で今まできていましたが、今回、久々に記事を書く気になりました。



僕は Yahoo!ID をログインした状態で、平気で色々な方のブログに訪問してしまっています。ですから、上で挙げたお二人以外のブロガーさんも「あぁ、FDは生きてはいるんだな♪」程度には思っていらっしゃったかと思います(笑)今回の検索から広がった話題も、実はつぶさに読ませて頂いており、記事も準備しておりました。(阿檀さんの書かれた内容とほぼ一緒でしたので、投稿はやめてしまいましたが 笑)



さて、上の二つの記事でのやりとりを見て、僕は自分の日常の中の修羅場に属する世界を思い出しました。



ブログの世界では意見の衝突はあれど、余程のことがない限り、いわゆる「きったはったの世界(これは皆さんがプロとして活躍されている場所も含まれた表現です。真っ先に連想されるアノ世界だけを指したものではありません。以下、同じ。)」のような展開にはなりません。ですから、そこでなされる発言の質にはそれほど気を遣わなくてもよいのかもしれません。



ところが、「きったはったの世界」においては、発したその一言が物凄く影響を与えることがあります。「吐いた唾は飲み込めない」などは典型的なたとえですよね。



覗きが趣味!!の記事の中で牛男さんは、訪問先のブロガーであるOYAJIさんに「一体、何の目的で毎日毎日覗きに来ているのでしょうか?」と問いかけられ、「趣味だと答えるしかありません。」と答えられました。そして、そのやりとりから覗きが趣味!!という記事に膨らませ、自らが答えた回答を自虐的に・・・(いや、自嘲的に、の方がいいのかな)、記事にされました。牛男さん自身が「主語は私(牛男さん)です。」と仰るように、これはOYAJIさんが牛男さんを断定したのではなく、牛男さんが牛男さん自身を断定した訳です。



それに対してOYAJIさんは、そういった牛男さんの自虐的・自嘲的記事を展開させたのは、さも自分の発言であるという読みをされ、そんなつもりじゃないのに・・・と、正しい意図を読み取れる周辺の人はいないのか?という記事を書かれた。




実際のところ、僕自身もOYAJIさんのブログにはほぼ毎日訪問しちゃってます。おそらく僕がOYAJIさんのブログに残した総コメント数は十数件・・・毎日の日常的記事にも、このテの記事にもコメントはしていない・・・でも訪問はしています・・・牛男さん的に言うと、僕も覗き趣味があります(笑)



おそらくは・・・OYAJIさんが採用したこの「覗き」という言葉・・・これは当然、他の読者の方だってわかっていらっしゃるでしょうが・・・よく使われる「おぅ!FD!ちょっとヒマだったから覗き(ワードの変換から見ると、「覘き」の方がふさわしいようですが・・・でも、常用外みたいです)に来たゾ!」で使われる意味での「のぞき(立ち寄る)」に該当するかと思います。ですからきっと「ねぇ、牛男さん、どうしていつもコメントもせず、ウチのブログにお越し頂いてるのでしょう?そして、久方ぶりにコメント頂いたかと思ったら、この分野の記事ばかり・・・その点が、いつも腑に落ちないのですよ。(やわらかモード)」という意味だろうと推測・・・。




しかし・・・コメントとして採用された言葉は「覗き」でした。




この件に限らずですが・・・僕はいつも、「読み手に意図が正しく伝わらないのは、書き手の責任」という感覚を持っています。ですから、僕は抽象的な文章が書けません(笑)詩とかポエムとか・・・とてもとても(笑)それは、自らが置かれている環境からそうさせてしまっていると思っています。おそらくはこの【FDの考え】の一連のブログ活動の中で、読み手に対して「あなたは読解能力がない」と発言したのはたったの一回・・・OYAJIさんだけだったと記憶しています。(間違っていたらごめんなさい。)




前述の「きったはったの世界」ではありませんが、言葉は本当におそろしい・・・何気に言った一言が、どんな展開に発展するかわからない・・・。5W1Hをしっかりと明示するのは勿論のこと、採用する単語ひとつをとっても、プラスを想起させるものかマイナスを想起させるものかで相手に与える印象は大きく異なります。(一時期よく見かけた「プラスのストローク」ですね)



「言葉」を読むということ、「言葉」を発するということ。の記事の題名の『「言葉」を発するということ』の部分を・・・いつも気にしちゃっている訳です。




「覗き」という言葉を使ったOYAJIさんが悪い、とは思いません・・・が、あのコメントを発する環境下・・・OYAJIさんの感情は沸騰しているように(少なくとも読み手から見て)思いました。相手を挑発する意図があったのか、単に冷静に「立ち寄る」という意味合いで「覗き」という言葉を採用したのかはわかりませんが、発した途端・・・その影響はプラス・マイナス双方とも自らに降りかかるものと思っておいた方がいいっす。(ちなみに、「♪」だとか中傷・罵倒の言葉を使わずとも、文章全体でイヤミな、マイナスな文章を作り上げることは可能です。そしてその逆も可能です。単語一語のみならず、プラスのストロークをしたいのならば、文全体が与える印象を意識された方がいいと思います。)




「ねぇ、FDよ・・・だったらさ、もう怖くて一言も発することできないじゃん。ブログって楽しいものなんじゃないの?」




こんな反論が予想できそうです(笑)「楽しい」という感覚は十人十色・・・こういった無駄に長い文章を書くことに「楽しさ」を見出すブロガーもいれば、和気あいあいとするやりとりに「楽しさ」を見出すブロガーさんもいらっしゃるでしょう。別に自由に言葉を発したっていいっす。ただ・・・発したっきりじゃなくて、その言葉に対して責任(これは楽しみを享受する権利も包括しています)を持つ必要があるかと思います。僕は・・・それもひとつの文責と思います。




ちなみに・・・「覗きが趣味と公言しちゃった♪」という牛男さんも・・・きっと「あぁ、こういう展開になってしまったか・・・。」と思い、自らが投稿した記事に対して、なんらかの思いを抱いていらっしゃると・・・読み手の一人として勝手に想像しちゃってます。




「私自身は、FDの言うように額面どおりの『覗き』を意図して使ったものではありません!書き手の意図をちゃんと読み取るべきじゃないですかっ?!」




・・・こんな反論も返ってきそうです。この反論には、僕は二つの考えを持ちます。一つは、「であれば、覗きが趣味!!が出た時点で、『笑いのネタとしてはおもしろいかも知れないが、ネタ提供元としてはそういった意味で言ったのではない』とだけ言えばいいこと。」そしてもう一つは、「そうやって反論するのならば、逆に読み手の側になった時に、しっかりと書き手の意図を読み取る能力を身に付けるべき。果たして過去に誤読はないの?」というものです。


もう一点思うのが・・・「読み手は書き手の意図を読み取れ!」などと他人(読み手)任せにするのではなく、「書き手は読み手に誤解されないような書き方を覚えろ!」という自らに頼る方が余程効率がよく、潔いのでは?などとも思ってしまう訳です。(こんな考えでいるからこそ、読み手に様々なイマジネーションを与えるキッカケとなるような記事や文章が書けないのです、僕は・・・。十人十色の考えを発生させずに、自らの考えを正確に伝えねば!と思ってしまうのです・・・。だから僕は文豪にはなれない、単なる事務屋です 笑)




僕自身が、すさまじい読解能力を持っている訳ではなく、すさまじい文章能力を持っている訳ではないので、偉そうな事は言えませんが、少なくとも「自分が書いたモノに対しては、読み手に高い読解能力を求め、自分が読んだモノに対しては、書き手に高い表現能力を求め」という矛盾は生じないようには留意しています。




ちなみに・・・昨年からこの【FDの考え】で記事を書き始め・・・特にOYAJIさんに対して言及をする記事を書くようになってから、至極曖昧な書き方をしないように・・・さらには「それはどういう意味だ!!!???」と字面が与える印象の悪い言葉を採用することを極力控えてきました。通常、交流が深まれば深まる程・・・指示代名詞などの言葉の量が増え、言葉の選択はラフになり、シンプルな文面のやりとりになり、多少マイナスイメージを想起させる言葉を使用しようとも、お互いの意思疎通に支障はなくなるものだと思っていたのですが・・・このブログにおいては真逆です。



別のブログでは英語日記など書いていますが・・・このブログにおいては、日本語であるにも関わらず、僕の中では英語で書いている感覚(日本語と違い、英語は様々な「格(たとえば冠詞によって意味・捉え方が変化したり、所有格等」が要求される点で日本語より具体的な言語な気がします。)がある・・・もう一つ付け加えるのならば、仕事モード(読解能力がはっきりしない不特定多数が見てもよいようにという意識)で書いています。それが、一体どういうことなのか?・・・を考えて頂けると・・・「今の自分には、書き手として読み手として・・・一体何が足りないのだろう?」(ここは、自問なのか投げかけなのかは曖昧にしておこう 笑)につながってくると思います。




そもそも・・・何か記事を起こした後で「書き手の意図をちゃんと読み取るべきだ!」と主張することこそ・・・書き手のプライドとして最も許されないことではないかと思う・・・という無駄に長文を書くFDの考えだったのでした(笑)




「きったはったの世界」でそんな主張したら・・・相手に笑われてしまいます(笑)そして場合によっては、「お前が自分で吐いた言葉だろうがっ!」と逆につけいる隙を与えてしまいます(涙)
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テーマ:ひとりごと - ジャンル:日記

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